Tom Fielding Golf School Japan
運動理論にはさまざまなものがあり、「どのような練習が一番よい結果を得られるのか?」ということに関しては、運動学者やスポーツ科学者、現場の指導者の間でも意見が分かれるところです。 何が正しいかなど決められるものではありませんが、運動学やスポーツ科学のみならず、進化生物学や脳科学の観点から見た、僕が今もっとも有力だと考えている理論をご紹介します。 それは以下の5つ。
◆動物にとっての学習とは?◆ 動物の学習には、単純な法則があります。 動物にとっては、獲物を狩る、逃げる、パートナーを獲得するなど意味のある行動ほど、しっかりと学習していく必要があります。一方意味のない動きは、習得するほど大切なことではないと判断され、なかなか学習できないわけです。 これは人間に対して行われた数多くの研究によって確かめられており、運動を始める前に「このトレーニングは、○○なメカニズムにより△△な効果がある」ということを理解することはとても重要だと言えます。 それを理解せず、ただ動きだけ真似ても、その運動効果は半減してしまうことでしょう(これは運動だけでなく、勉学においても同様)。 そして、動物にとって、何度も繰り返される一連の動きは、生き延びるために必要な動きであることがほとんどです。 獲物を狩るとき、捕食者から逃れるとき…、生活で必要な動きというのは、どれもそう。必要な動きほど、たくさん繰り返すことになり、たくさん繰り返す動きほど必要な動きであることが多いわけです。 そのため、脳は、繰り返される一連の動きは、繰り返されるほど重要な動きであると判断し、その動きを強化するように学習していくのです。(進化生物学より) 脳にしてみれば、何度も繰り返される動きは”学習するべき動き”です。 そのため、『運動に目的と意味をもたせること』『頻繁に反復すること』というのは、運動の学習において、とても重要なポイントになるのです。 ◆最大筋力は出せません◆ そもそも、ヒトの筋肉は、「むぎ~!」っと思いっきり力を込めても、最大筋力の70%くらいしか発揮できません。 これは、筋肉が大きな力(負荷)によって損傷しないように、中枢神経系(脳と脊髄)が制御しているためです。 特に、運動不足のヒトは、思いっきり力を入れても、50~60%しか発揮できません。 一方、一流のスポーツ選手は、約90%もの筋力を発揮できているのです。 (ちなみに、『火事場の馬鹿力』というのがありますが、あれは、緊急事態によって中枢神経(脳や脊髄)の制御が解き放たれ、100%に近い筋力を発揮できるために生じるものです。特に”死”に直面するような危機には、筋肉を多少痛めたとしても、普段以上の力を発揮してそこから逃れることの方が大事なのです。) では運動の際、最大筋力に近い大きな力を発揮するためにはどうすればよいのでしょう? それを説明する前に、主動筋と拮抗筋の話をする必要があります。 ◆主動筋と拮抗筋◆
主動筋というのは、身体を動かすときに主に働く筋肉のことです。 そして拮抗筋というのは、その名前の通り、拮抗する筋肉のこと。例えば肘を曲げる筋肉(上腕二頭筋)の拮抗筋は、肘を伸ばす筋肉(上腕三頭筋)です。 「肘を曲げる!」と意識した時には、主動筋である上腕二頭筋は収縮し、拮抗筋である上腕三頭筋は弛緩します。 しかし、この拮抗筋が主動筋と共に収縮してしまったらどうなるでしょう? 答えは簡単です。 肘を曲げたいのに、肘を伸ばす筋肉まで力が入っているのですから、腕がガチガチになって肘をうまく曲げられなくなるのです。 上記の例は単純な動きですので、「拮抗筋まで緊張してしまう」ということはあまり起こらないのですが、スポーツのように複雑で強い筋力を必要とする動きでは、頻繁に生じてしまうのです。 どんなスポーツにしろ、初心者というのは、動きがガチガチで、「力が入りすぎ」という状態になりがちです。特に、「もっと力強く!」「もっと素早く!」と意識すればするほどガチガチになってしまいます。 これはまさに、拮抗筋が緊張してガチガチになっているのです。 例えばゴルフのスイングをするのに、主動筋だけが働いている状態なら、素早いスイングが可能になるでしょう(厳密には、主動筋だけが働くということはあり得ませんが、説明上このように表現しています)。しかし、拮抗筋(普段とは逆にスイングする時に使う筋肉)に力が入り緊張していれば、ブレーキがかかっているような状態になり、スイングのスピードが落ちるのは当たり前です。 「力を抜いた方がよく飛ぶ」というのも良く耳にするのですが、それを理解できない人は多いと思います。しかし、「拮抗筋の力を抜いた方がよく飛ぶ」という事だと分かれば、よく理解できるのではないでしょうか。 このように、スポーツにおいて、パフォーマンスを低下させる大きな要因となる「拮抗筋の緊張」ですが、拮抗筋がこのように働くのにはちゃんと意味があります。 それは関節や筋肉、骨や靭帯などを守るためです。先に「多くの人は最大筋力を発揮できていない」と説明しましたが、それと同様の働きなのです。 例えば、サッカーでボールを蹴る時、主動筋ばかりが一気に働くと、股関節はかなり素早く動くでしょう。しかし、拮抗筋がブレーキをかけないと、そのまま股関節は屈曲し、股関節の筋肉や靭帯も損傷してしまうことでしょう。 そういったことを防ぐため、脳は、無意識下で拮抗筋を働かせ、さらに主動筋の最大筋力を発揮させないよう制御しているのです。 初心者であればあるほど、筋力は弱く、動きにも慣れていないので、筋や靭帯を損傷しやすいことでしょう。それを防ぐために脳がコントロールしてくれているわけです。 そしてこの、「拮抗筋の制御を解き放ちつつ、主動筋を最大限に発揮する」のが一流のスポーツ選手なのです。 ◆反復、そして反復◆ 一流のスポーツ選手でも、最大限に筋力を発揮できるのは、その選手が行っている競技においてのみです。(もちろん、一般の人よりは高い割合で筋力を発揮できますが) その理由は単純です。その競技における一連の動作を、何時間も、何日も、何年も、繰り返し反復練習してきたからです。 どんなスポーツでも、一連の動きには、数百もの筋肉が関与しています。それらの筋肉を、協調性をもって働かせるためには、反復練習以外にはありません。 反復練習によって、スムーズな協調運動が可能になり、拮抗筋の過度の緊張を抑え、最大筋力に近い筋力を発揮できるようになるのです。 ◆丁寧に、丁寧に◆ 脳にとって、経験したことはすべて事実として記憶されます。 つまり、誤ったフォームも、正しいフォームも、脳には同様に記憶されていくということです。 「今のは間違いだから、記憶しないでね」と脳に言ってみても、それは無理なのです。 多くの運動選手は、「もっと力強く!」「もっと素早く!」という思いが強くなってしまいがちで、多少のフォームの誤りを軽視してしまっているようです。 先ほども説明しましたが、「もっと力強く!」「もっと素早く!」と意識すればするほど、拮抗筋が働いてしまいます。 すると、脳にとってはその拮抗筋の働きも”経験”ですから、「拮抗筋の働きも一緒に記憶されていく」ことになります。 ということは、ガチガチでパフォーマンスの低いフォームが身についてしまうわけです。 それよりも、初めは弱い力で、ゆっくりと、丁寧にフォームを確認して反復練習する方が、無駄な拮抗筋の働きを抑えることができ、正しいフォームを身につけるのに効果的なのです。 そして、正しいフォームが身につけば、徐々に力強く、素早い動きができるようになってきます。 力強く、素早く!という練習は、いくら反復しても正しいフォームは身につきにくいです。しかし、正しいフォームをひたすら反復練習していると、力強さと素早さも身につけやすくなる。どちらが良いかは明白です。 ◆筋トレの過ち◆ 未だに日本のスポーツ界は、「初心者は身体づくりから始めるべきだ!」という認識が強く、筋トレばかりさせ、実際の一連の動きの反復量以上に、筋トレの反復量の方が上回っているケースがあります。 これでは、脳にしてみれば、反復量の多い「筋トレの動作」の方が「もっとも学習するべき動き」となってしまいます。 それよりも、実際の動きの反復量を増やし(もちろん目的と意味をしっかり持たせて)、筋力増強トレーニングは回数を減らしていくべきなのです。 そもそも、スポーツにおける一連の動きを反復練習しているうちに、最大筋力に近い筋力を出せるようになってきます。 すると結果的に、今まで使っていなかった強度で筋肉を使えるようになるため(しかも何度も反復されて!)、筋肉は少しずつ損傷を起こします。そしてその損傷から回復する際に、筋量が増した状態で回復するのです(超回復)。 つまり、これは筋力増強トレーニングと同じ効果です。 「一流の選手となり、フォームはほぼ完ぺきで、それでも記録が伸び悩む」というのであれば、さらなる高みを目指すために筋力増強トレーニングをする意味はあるでしょう。 しかし、そこまで到達する選手はごくまれです。 筋力増強トレーニングをする前に、フォームを丁寧に確認して、何度も反復練習をするべきなのです。そうしているうちに、おのずと必要な筋力がついてくるのですから。 (※効果的な筋力増強トレーニングについては次回投稿します。 ◆運動に沿った練習を選択する◆ 一連の動作を習得するために、一番近道なのは、それを分解して反復する方法です。 例えば、バク転を習得したいのなら、
また、一連の動作を学ぶために、補助をつけ、正しい動きを反復するのも効果的です。 そしてここでやってはいけないのが、スクワットなどの筋力増強トレーニングです。 スクワットの足の使い方は、バク転のそれとは全く違います。でも似ている。 実はこの「似ているけど違う(間違った)動き」というのが、学習を妨げる最大の要因になるのです。 脳には、「似ている動作は、どれも学習しにくい」という特性があります(「記憶の干渉」という)。 例えば、英単語を覚える時、似たような綴りの単語ばかり覚えるより、全く違った綴りの単語を覚える方が楽に覚えることができます。 そしてこれは運動でも同じ。 バク転を憶えたいのにスクワットをすることや、速く走りたいのにモモ上げ(走る動作と似ているけど違う動き)をする、といった「似ているけど違う動き」を反復することは、「それに似ている正しいフォーム」と干渉してしまい、正しいフォームの習得を妨げてしまうわけです。 一方、この記憶の干渉をできるだけ起こさないようにする方法もあります。 それは、似たような動作練習の間隔を6時間以上空けるというものです。 ではもしあなたが、野球のピッチャーであり、コントロールの悪さを改善したいとしたら、どうすればよいでしょう? 「実践さながら、一球一球、さまざまなコースに投げ分ける練習」と、「毎回同じコースに投げる練習」、どちらが効果的だと思いますか? 答えは後者。 一球一球コースを投げ分けるということは、一球一球、ほんの少しだけ腕の角度が変わったり、指が離れるタイミングが違うなど、フォームが毎回変わっているということです。脳にしてみれば、一球一球、「似ているけど違ったフォーム」になるわけですから、どのコースになげる動作も学習しにくいものとなってしまうのです。 それよりも、記憶の干渉をさけるべく、朝は外角低めをひたすら反復練習し、6時間の間隔を空け、夕方は内角高めをひたすら反復し…というように練習した方がよいということです。 そしてこれは、バスケットボールでも、サッカーでも、テニスでも、バレーボールなどでも(勉学でも)、同様です。 そういった練習が事実上不可能なケースもあるでしょうが、曜日ごとに練習法を変えるなどして工夫するとよい結果になるようです。 ◆フィードバックを大切に◆ フィードバックというのは、簡単に説明すると、「”結果”を行った側に伝える」ということです。 またゴルフの話を例に出しますが、ゴルフ場にビデオカメラを持っていき、みんなを撮影して上映会をすると、自分のスイングを見たことが無い人はほぼ間違いなく 「えっ!俺のスイングこんなに変なの!?」 というリアクションをとります。 実は、自分の動作を正確に把握するのはとても困難なこと。自分では綺麗なフォームでスイングしているつもりが、実際にビデオに撮って見てみると、思っていたのと全然違っているなんて、無理もないことなのです。 そしてこれは、すべての動きにおいて言えることです。 『歩く』という簡単な動作ですらそう。 おそらく、自分が普段歩いている姿勢を、正確に認識している人なんてほとんどいません。 スポーツで正しいフォームを身につけるにしても、自分の動きをしっかりと認識していなければ、「何をどう改善すればよいのか」が分からないのです。 そのため、鏡の前で練習をする、ビデオでこまめに撮影して確認するなどして、自分を客観視する必要があります。 撮影機器がなければ、コーチが適格に、そしてできるだけ毎回フォームを確認し、どうすればよいのかをしっかりと伝えるのが望ましいです。 “癖”を直すのが難しい最大の理由は、「自分を客観視できていないから 」なのです。 これは逆に、直すのが難しいとされる”癖”でも、フィードバックを徹底すれば、比較的すぐに改善することも可能なのです。 正しいフォームは、パフォーマンスを上げるためにも、怪我を防ぐ上でもとても重要です。 「一度も自分のフォームを見たことがない」というのであれば、今すぐにでも撮影して確認することをおすすめします。 ◆まとめ◆ 長くなりましたが、最後にもう一度。
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トム・フィールディング
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